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明治時代におけるドレスの着こなしについて

日本女性が西洋のドレスを初めて着たのは、長崎の遊女だったと言われています。洋服が現在のように一般的になるのはずっと後のことですが、明治時代、上流層の女性の間では、西洋のドレスが着用されていました。明治時代の写真を見ると、特に皇室や華族の女性などが、いわるゆローブ・デコルテやローブ・モンタントといわれるドレスを着用しているのを見ることが出来ます。ローブ・デコルテというのは、現在の美智子皇后や紀子さま、雅子さまなどが結婚式で着用されたような、肩や首の部分が大きく開いたドレスのことを言います。また、ローブ・モンタントというのは、首をピッタリ覆うような襟がつき、袖も長いドレスで、帽子や手袋も付けるのが普通です。こうした装いは、鹿鳴館時代という欧化政策が行われた時代に、上流夫人の間で着用されました。欧化政策は、当時の不平等条約解消のために取られた方針でしたが、その政策自体は長くは続きませんでした。それに伴い、洋装は一時廃れましたが、20世紀初めにはまた復活したのです。鹿鳴館時代の写真には、外務大臣井上馨夫人や、また渋沢栄一夫人の美しいドレススタイルが残っています。また、明治時代新しい時代を代表する女性も出現しました。

例えば、女優第一号といわれる川上貞奴です。貞奴は芸者でしたが、時の総理伊藤博文や井上馨の寵愛を受け、後川上音二郎と結婚しますが、アメリカでの海外公演ではマダム・サダヤッコと評判を呼びました。この貞奴のドレス姿も写真に収められています。

こうした明治の女性は、西洋からドレスや洋装小物を巧みに取り入れ、ファッションを楽しんでいました。ドレスの他に、帽子やベール、マフラー、化粧品や髪飾り、ブローチ、指輪など、現在私たちが身に着けるアクセサリー類が驚くほど自由に使用していたのです。皇室の女性では、ローブ・デコルテにチョーカー、さらに豪華なネックレスと何連ものブレスレットをつけて、写真に納まっています。逆に、着物姿の女性が半襟のV字の部分にブローチを付けるのが流行していました。明治時代の女性は、新しいものにも好奇心旺盛で、競っておしゃれを楽しんだのです。現在私たちは、正式の場ではこれを着たらいいとか、あれはダメだなどと批評したりしますが、明治時代の先端を走った女性たちは、西欧の洋装を学ぶとともに、それを応用することに何のためらいもありませんでした。現在は何でも自由に手に入れることができますが、本来の好奇心や楽しむ心を忘れているのではないでしょうか。